あの出来事から6年が経過した。
あの出来事とは、それは、2010年も暮れが迫る11月の終わりの日のこと
久々に早くに仕事を終えて帰宅、食事し長女を寝かせた後、妻とテレビを見ていた時でだった。
妻から「胸にしこりがある」と突然言い出した。
妻が、もしかしたら乳がん?
いや、授乳期にはならないと言われているし..と自分を納得させるようにぽつりと言う。
私は、母の事もあったので、気になるならすぐに病院に行くべきだと。
半分納得していない様子だったが、翌日に産婦人科に行くことにした。
母の乳がん
私の母は、当時から8年前に乳がんになり、長い闘病生活をしていた。
最初の見つかって部分切除をし手術後は良好だったが、5年してから再発
2010年の8月に母の主治医に呼び出され、説明を受けたのがこの3ヶ月前だった。
主治医から言われたのは、
「肝臓に転移をしており、抗がん剤の効き目も無くなってきており、年を越せない可能性が高い」
定期的に通院し、抗がん剤治療をしているのも知っていた。
抗がん剤を打ってから数日は身体が怠くて仕方ないようだった。
ただ、やはりそこは母親であって、息子の私にはあまり苦しいところを見せてなかった。
私も実家から離れ、家庭を持ったことでそういう姿を見る機会が無かったのもかもしれない。
抗がん剤の本当のつらさは、妻の闘病時に始めて理解できたような気がする。
いや、一番苦しいのは本人であることは間違いないわけだが。
授乳中なのに..
妻は、まだ35歳。しかも去年生まれた次女に授乳している時
まさか、がんであるわけがないと確信に近いような自信を当時は持っていた。
だから、結果結果が出るまでは、あまり心配はしていなかった。
検査の結果が出るのは1週間後
本人は不安だったと思うが、頭の片隅ではどこか私ががんになるわけがないという気持ちはあったと思う。
「授乳期はがんにならない」といった言葉が一人歩きしていたのかもしれない。
後から考えてみたら、迷信なんだと思うけど、当時はそう信じていた。
悲劇のクリスマス
クリスマスの日
いつもなら子供達と楽しいクリスマスのお祝いをするはずだったが
この年のクリスマスは今でも忘れることが出来ない。
医者からの告知は、悪性の乳がん
すぐにでも大きな病院に行って診察を受けてくださいとのことだった。